堕ちる男

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「合計1728円になります」 レジを操作しながらそう告げると、カウンター越しの客は手にした財布から千円札を二枚だしトレイにのせた。 黄褐色に染めたストレートの長い髪は、根元から数センチだけが黒く、二層にくっきりと分かれている。 彼女の片手が触れているのはベビーカーのハンドル部分。 そのシートの中で、先ほどから赤ん坊が大きな声で泣きわめいている。 「はい、はーい。 よしよーし」 もう片方の手の中のスマホに目を落としながら、母親が気のない素振りで赤ん坊に声をかけた。 しかし子供は泣き止まない。 店内にいる数人のお客さん達も泣き声が気になるのだろう。 チラチラと横目で様子をうかがっている。 「272円とレシートのお返しでございます。 ありがとうございました」 私は、いつも通り何食わぬ顔で彼女に接する。 相手は無言で総菜と発泡酒の入ったレジ袋を受け取ると、ゆっくりとした足取りでベビーカーを押し店を出ていった。 ギャア、ギャア、ヒィッヒアァァ……! 店の入り口の自動ドアが閉まり終わるまで、ヒステリックな赤ん坊の泣き声は途切れなかった。
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