堕ちる男

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数回に分けられ文字数制限ぎりぎりで打ち込まれた文字を見て、ため息が出た。 表示された時間は、彼女が店を出た直後。 きっと店の前の信号を待ちながら送信したんだろう。 無性にイライラして、頭痛もして、情けなくなる。 さっきまで空腹を感じていたけれど、なんだか急に食欲も失せていた。 このバカな女は何もわかっていはいない。 自分の中の怒りを吐き出すことに必死で、それを読んで傷つく人間がいるだろうなんてことは、想像もしていない。 自分がどんなに恵まれているかなんて、一度だって考えたことがないんだろう。 加工されてはいるものの知りあいが見ればわかるセルフィ―のアイコン。 一緒に写った娘の頬にキスする姿。 見たくもないものを眺めながら、涙がでそうになった。 このSNSを見つけた時は、鳥肌が立つほど興奮したものだけど。 彼女がいったい何を考え、何を目的にあんなことをしたのか? もしかしたら自分には決して想像することができない、ただならぬ理由があったのかもしれない。 外から眺めているだけではわからない彼女の内面が、秘めた想いがあるのだとしたら……。 相手の心のうちを知りたいと考えていた。 少しでも納得のいく説明が欲しくて。 そうすれば自分が抱いている、この暗くねっとりとした感情は消えてなくなるのかもしれない。 そんなのを淡く願いつつ、だけど同時に、そうならないことを強く望みつつ、私は夜ごと、こうして彼女の言葉をチェックしてきた。 結果的に言えば、自分の中の絶望も失望も、ただただ増幅されるだけだったけれど。 薄っぺらい人間の罵詈雑言を聞かされ、ひたすらに膨らんでいく憎悪。 嫉妬。 妄執。 考えることが、どんどん苦しくなっていく。 限界だ。 救いが訪れるはずもない。 いくら思い悩んだところで。 時間がたつにつれ選択肢が狭まっていく。 もう本当に、あれしか方法がないのかもしれない。 簡単なこと。 自分さえ覚悟を決めればいいだけの話。 必要なのは、この希望のない未来を捨てる決意。 それだけだ。 息をつきレジ袋から食料を取り出そうとした、その時だった。 ガッシャン!!
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