堕ちる男

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え……? やだ何? この場所に他に人がいるなんて思いもしなかった。 心中を、のぞき見られた気がして必要以上に取り乱す私。 慌てて貯水槽の陰から身を乗り出し、音のした方向に目をやると、男が一人。 屋上を取り囲むフェンスの向こう側、暗い夜空を背景にぼんやりと立っている。 驚いて目を見張る。 心臓が鼓動を忘れ。 脳が思考をとめた。 何が起こっているのかとっさに理解できない。 フェンスの先から突き出したコンクリート製のひさしの端に立ち、男は足元を眺めていた。 頭を垂れ、つま先の遙か下、暗がりの地上へと目を向けていた。 私は背筋が凍る思いがした。 冷や汗が背中を伝う。 ちょっと待って。 このビル何階建てだっけ? こんな高い場所から飛び降りて、無事ですむわけがない。 とっさに駆け寄って、フェンス越しにでも何でも相手の体をつかみ、引きとめるのが普通なのだろう。 こんな時は。 ドラマやマンガなら。 おそらく。 そんなことしちゃだめだよ。 命を大切にしなきゃ。 もっとよく考えて行動しよう。 思いつめたりせずに。 そんな台詞が必要なはず。
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