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目的のペットショップに辿り着くと、料金を支払った私の目は、ドリンクホルダーに置かれた筒状の空き缶を捉えた。思わず気になって質問をしてみると、気前のいい社長さんなど地位のある人が、料金とは別にチップを渡してくれるらしい。それを聞いた私は思いきってみることにした。
「二千円頂きましたので、お釣りは――」
「いりません。ささやかチップです」
「お嬢さんは私より…そうですね、二回りくらいはお若いでしょう?流石にいただけません」
どうやら彼には彼なりのポリシーがあって、地位の高い人からしかチップはもらっていないようだ。それもこれまでのやり取りから察すると、自分から請求はしないで渡されたら受け取る程度だろう。私は半ば強引に押し付け、タクシーから飛び出した。
ここからが私服のひと時だ。表情が緩み切っているのは確実に気のせいなんかではない。中に入るとレジにいた店員の威勢のいい声がした。それを適当に聞き流しながら、缶詰めやおやつなどには目もくれず、ショーケースの中にいる動物たちを一人一人眺めていくのが日課だ。
別に今のマンションがペット禁止で、飼えないわけではない。ただ、運命の人に巡り合えていないだけだ。その時何故か立ち止まってしまい、様子を見るとどうやら寝ているようだった。柵ぎりぎりに体をくっつけて、こちらに背中を向けた状態で横になっていた。品種はチワワ、性別はオス、年齢は二歳半などと、書かれていた。
顔を確認してみたいのだが、微動だにしなかった。ほんの一瞬だけ運命を感じたが、気のせいだったのかもしれないと、他の人を見てみようと移動を考えていた時、むくりと動く気配がした。相変わらず顔を見せないで大きな欠伸をした。
突然、こちらに振り向くと、くるくるした大きな瞳を輝かせて、こちらへと走ってきた。私はその行動に驚いて後ろ向きに倒れた。
「ちょっと、大丈夫ですか、お客さん?」
「だ、いじょうぶ…です」
床に打ち付けるはずだった背中は、店員さんのがっしりとした腕に受け止められていた。思いっきり打たなかっただけましだが、正直怖い。怖すぎて、きちんとお礼が言いたいのに、後ろを振り向けなかった。
「ん?ああ、さっきまで寝ていたのに、急に動き出したからびっくりしますよね。いつも行動が突然すぎて、困りますよ」
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