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何も答えない私に対して、それでもまた優しく声をかけてくれると、体をゆっくりと起こしてくれた。
―突然駆け寄ってきたことはもちろん、店員さんに助けられたことも、どっちも驚いたな―
人と上手く会話が出来た試しがないため、私は居たたまれなくなり、再びショーケースに張り付いた。すると、届くはずがないのに、ガラスに翳した私の指をなめようと、小さな舌をチロチロと出した。
「ふふっ」
一緒に暮らしたら楽しそうだなと、初めて将来を考えられた。やっと探していた運命の人に巡り合えた、そんな気がして頬が緩みきりだ。
「すいません、ワンパクなやつで…ああ、怪我しませんでしたか?」
店員さんはまだ気にしているのか、目線を合わせるためにしゃがみ込み、私の傍らから離れようとしなかった。正直ここまでくるとしつこい。
「ま、あ…大丈夫?でした」
「えっと、何で疑問形?」
恐る恐る店員さんを見ると、頭は金髪、両耳にピアス、完全な不良だった。しかも装着されたものは、マグネットピアスではなく、穴を開ける方のピアスだ。指にはお洒落なのか相手がいるのか、指輪があった。動物を扱っているのに指輪したままと、第一印象はまさしく最悪そのものだ。高橋さんに絡まれたことと言い、今日は厄日かもしれない。
今日はもう面倒事に巻き込まれたくないと、腰を上げた瞬間に彼が勢い良く立ち上がった。私がびくっと肩を揺らすと彼はすぐに謝罪の言葉を繰り返した。根は真面目のようだが、執拗に言われるため、言葉そのものが重たく感じてしまわれた。
「ありがとうざいました。またいらして下さい!」
「明日来る時までに、この人がここにいたらね」
「え?この人って…」
店員さんはきょろきょろと周囲を見渡すが、私は続きを答えないままペットショップを出た。馬鹿正直というか可笑しな人だったな。などと、どうでもいいことを考えながら、私は駅へと歩いた。
三番ホームから十時十二分に滑り込む電車に乗って、揺られること三十分で最寄り駅だ。いつも通りの日常になる…はずだった。やけに不躾な視線を感じたが、他の乗客はまばらだ。雑誌を読む人、居眠りする人、携帯電話に夢中の人、コンビニの袋から出した夜食をほおばる人、ここにいる人でないことは確かだ。他の車両にいる人だろうか。しかし、車両を挟むとなれば距離があり過ぎだ。視線を感じるほど近くにいなければおかしい。
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