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あれはきっと夢だった──。
しかし翌日、佐藤忠信は職場で仕事をしつつ、そう思う。
どう考えても非現実的な体験だ。あれが自分の身に起きたと思うには無理がある。いやにはっきりした記憶だったが、疲労の末に見た幻か、眠っている間に見た夢に違いない。
「佐藤くん」
少し離れた席から部長が呼んでいる。度の強いメガネの奥の神経質そうな目に生気がない。流行遅れのスーツはいったい何年前に買ったのだろう。定年間近でゴールが見えてくると、人間、何事にもやる気がなくなってしまうようである。
「今、クライアントからクレームの電話があった。ちょっと頼むよ」
「あ、はい……」
忠信は気のない返事をした。そんなことに時間を使っていたら、今日のうちにやるべき仕事が手に着かない。しかし行かないわけにはいかず、席を立つ。
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