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いつも皆木先輩はそう言う。
「笑顔の匙加減を覚えなさい。なめられず、なおかつ翳りを忘れないこと」
皆木先輩は私の肩を叩くと、さあ、今日もお仕事頑張りましょう、と私を外に連れ出すのだった。
皆木先輩の変化に気づいたのは、多分、私だけ。外出先で私用電話が増えたことは確かに私にしか知りえない情報だけれども、いつも髪を結わっていた黒髪がある周期で下されるからだ。
「皆木先輩、恋人できたんですか?」
私がそう尋ねると、皆木先輩は破顔した。
「わかっちゃうもんかな」
えへへ、と照れながら皆木先輩は頭を掻いた。私は少し胸が痛んだが、その痛みが何であるか、よくわからなかった。
「先輩がいつも縛っていた髪の毛を下すのは大抵、週末だし、ピンクの口紅に変えたのも恋人さんの好みですか?」
「よく観察しているのね」
営業としては合格点かな、と皆木先輩が言う。
「どんなひとですか?」
私は好奇心がもたげるのを止められなかった。
「それはデータ上の意味?」
「いえ、先輩の主観でいいです」
「シルクのハンカチみたいな手触りのひと」
詩的な表現だな、と私は皆木先輩の言葉の選び方に意外さを見出した。
「でもガーゼのタオルのように頑丈なひとでもある」
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