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改めて言うと照れるな、と皆木先輩は顔を私から背けた。
「べた惚れですね」
「次の訪問先に行くよ」
皆木先輩はヒールを鳴らしながら早歩きで道を闊歩した。その勇ましさと可愛さに私はつい吹き出して笑ってしまった。
その日は直帰で渋谷での案件を済ませた後のことだった。
「伊井野、このあと時間ある?」
「はい」
私は家に帰ってもぼんやりとTVを見るだけの夜を過ごすだけだ。
「じゃあ一杯、飲んでこう。今日は私のおごり」
皆木先輩がそう言うので、私は喜んで付いて行った。
エレベータで三階分を上り、木の重々しいドアを開けるとそこには数えきれない酒瓶と青いカッターシャツに茶色のベストを着たバーテンダーがいた。
「こんばんは、千夏ちゃん」
カウンターにいるバーテンダーがこんばんは、と笑顔でおしぼりを出して、皆木先輩がそれを受け取る。
「初めまして、千夏です」
私もおしぼりを受け取ると、伊井野ですと目礼をした。
「皆木さん、今日は何にする?」
「いつものでよろしく」
はあいと千夏が言うと、私は店内を見渡した。
「伊井野は何にする?」
「じゃあ、取り敢えずビールで」
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