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「だいじょぶ、だいじょーぶ。ちょっと酔っただけだから」
お水を一気に飲んでも、皆木先輩の顔色は直らなかった。
「皆木先輩、すみませんでした」
お酒の席でも、軽率でした、と私が言うと、皆木先輩は美しい営業用の笑顔で微笑んだ。
「いいのよ、伊井野がそれでいいのなら」
「お水、もっと飲みますか?」
私が皆木先輩にそう尋ねると、先輩は力なく頷いた。
「伊井野、だいじょうぶ?」
私が水を渡すと力が入らない手で皆木先輩はそれを両手で受け取った。
「皆木先輩の方が心配です」
「だって、伊井野、泣いているじゃん」
あれ、と私は自分の頬に触れた。気づくと視界は歪み、涙があふれ出ていることに気がついた。
「伊井野、泣かないで」
白い、皆木先輩の手が私の頬に触れた。泣くよ、こんな優しいひとを好きになったのだもの、と私は心のなかで呟く。
「すみません、お手を煩わせて。すぐ泣き止みます」
「ありがとうね」
私はもう言葉がなかった。真っ直ぐに私を見つめるこのひとには全部、見透かされている。それでも血の引いた手が冷たくて気持ちが良くて、また泣けてきた。終わりを知って、初めて私は皆木先輩に恋をしていることに、愚かしくも気づいた。
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