レディキラー

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 皆木先輩をなんとかタクシーに乗せると、私は人混みをかき分けJRの駅へ向かった。先輩は最後までごめん、ありがとう、を繰り返して、私の弱った涙腺を緩ませた。私は週明けどんな顔を会せればいいか、悩みながら歩みを進める。信号待ちで引っかかり、私はショーウィンドウに微笑んでみた。するとずっとうまく笑えていなかった、皆木先輩のような営業用の笑顔が浮かんでいることに気が付いた。私は鼻を啜って、もう一度ガラスに向かって微笑んだ。すべてを覆い、包み込むような笑みに、私は思わず笑い声が出てしまった。この笑い方は苦しい想いをした人間にしか、できないのですね、と私は皆木先輩のことを思う。そうすると私は再び涙が出てくるのを止められなかった。苦しいことは悪いことではないんだ、という安堵感が最後の涙腺の牙城を突き崩した。痛みも苦しみもすべて包み込むこの笑顔を忘れないようにしよう、と私は決心した。せめて仕事では皆木先輩 に失望されないようにしよう、と。来週、私がこの笑みで微笑めば、皆木先輩はきっとその微笑みで応えてくれるだろう。それはきっと、私と皆木先輩しか知らない。
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