第1章

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拇印の押された紙を取り出し、彼をじっと見つめると、割とすんなりと折れてくれた。成人男性が飲むには重すぎるルールだと思ったが。 「それより、あまり見ないで、見、あ、も、だめ」 お兄さんはふらふらと、しかし急に立ち上がろうとするので、俺は焦った。 「ちょっと待って、大惨事になるじゃないですか、立たないで」 「ちが、だめ、触らな、っもう無理、」 お兄さんは足をクロスさせるとその場に再び座り込んだ。それでいい、けれども。 「まだ出るんですか?」 「言わな………」 どうも、先ほどの失敗が「オネショ」だったせいか、まだ尿意が残っていたらしい。 「どうしようかな、もう少し我慢できます?バケツとか持ってくるから、」 「嫌、だ、トイレで……」 「そうは言っても」 俺はそれ以上何も言わずにバケツを取りに風呂場へ向かった。居候に人権はない。立てないのか俺の言いつけを守って立たないのかは分からないが、お兄さんは追ってはこない。「ほら、お兄さん、これで」我が家はさほど広くないので、すぐにバケツを持ってくることができた。お兄さんは昨夜用意したスウェットを不恰好に身にまとったまま(オマケに下半身は濡れている)、力無く布団の上で正座崩れのような格好をとっていた。俺がバケツを手渡すと、震える手で一応は受け取った。?泣き崩れた跡のある瞳はとろりとしていて、宇宙を彷彿とさせる。昔母の持っていたブラックオパールに似ていた。相変わらず綺麗なブルーだなぁと思って眺めていると、 「あの、その、」 「ん、何ですか?」 「見……見るのか……?」 こちらを軽蔑したような色の混じったブラックオパールが二つ、並んでいる。ああ、そうか、この人今からここで用を足すんだった。全く、生きてて恥ずかしくないんだろうか。 「見て欲しいんですか?」 返答は分かっていて聞いた。俺とて男の排尿になど興味はない。はず、だけれども……。正直に言うと、この人の排尿する姿は、なぜか記憶に刻み付けられる。羞恥の表情が良い。姿勢も良い。また、生き様が堪らない。何が魔界の人間だ。俺は生きていて恥ずかしくないのかと思わせる人間が好きだった。これは恐らく性癖だ。 「欲しいわけっ、」 それだけ言い切ると、彼の全身が電流で貫かれたように大きく揺れた。我慢の限界のようだ。 「ハイハイ、見ません、見ませんよ。おにーさん、どうぞ」
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