第1章

11/187
前へ
/187ページ
次へ
お兄さんのぴったりとしたパンツではオムツとの相性があまり良くないようで、彼は何となく歩きづらそうにしている。徒歩数十分のところに複合型ショッピングモールはある。足元に散らばるタバコや、意図の分からない落書きを超えてひたすら歩いた。お兄さんは俺の横を歩いていた。特に何を話すわけでもなかったが、不快さは感じない。歩いていると、横から声がかかる。 「……ちょっと、この辺りにトイレは」 「ないですね」 これは本当だ。しかし、あまりに早すぎやしないだろうか。 「少しは我慢できないんですか?」 「……で、きなくもない」 「今後一緒に住むんだったら、ちょっとは我慢しとかないと面倒なことになりますよ」 「……そうだな、着くまで……」 「そうですね」 またしばらく静かになる。二人で並んで歩く。少し人通りが多くなって来た。なんせ休日の大型ショッピングモール付近だから仕方ない。少しだけお兄さんの目立つ格好に視線が行く。これ、やっぱり悪目立ちしてるよなぁ。ちら、と視線をやったとき、こちらをもともと見ていたらしい彼と目があった。 「……あ、の、着いたらトイレに、寄って欲しい」 下腹の辺りを見て、軽く押さえた彼が、こくりと唾液を飲んだのが分かった。すでに結構来てはいるようだ。 「ええ、いいですよ」 お兄さんがほっとしたように軽く微笑んだ。日光の下の瞳はやや明るく見えて、ああこんな色も悪くない、と思った。今日は宝石類の売っている店に立ち寄ってしまいそうだ。瞳に囚われすぎている俺が、お兄さんの顔立ちも整っていたのだと気がついたのはそのしばらく後だった。 * ショッピングモールは相当に混雑している。どうも一階でアイドルのイベントのようなものが行われているらしい。お兄さんは長身で黒衣がたいそう目立つため、見失う心配はなさそうだが。 「っは、着いたな!?着いた!は、はやくっ、早く行こう」 自動ドアが開くや否や、突如ガバッと顔を上げた、さっきまで黙りこくって冷や汗を流していたお兄さんが妙に明るい声で提案してくる。はいはい、分かってますよ。 一階にあるエレベーター脇の、一番近いトイレに彼を誘導した。お兄さんは慌てて入っていった。しかし、まだ朝の失敗から二時間ほどしか経っていない。もう少し慣れたら我慢の時間を増やしてもらおうか。これでも一応心配はしているのだ。
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!

442人が本棚に入れています
本棚に追加