第1章

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俺が入り口で待っていると、お兄さんはすぐに出て来て、訝る俺の片手を取ると軽く足踏みをして、 「清掃中だったっ、他を頼む!はやく、」 と言った。ああ、それは不運なことだ。仕方がないので一番近い、二階のトイレに連れて行こうとエレベーターのボタンを押した。エレベーターを待つ間も、お兄さんが一階に他のトイレは無いのかと喧しい。あるけどちょっと歩くんですよ。いいから黙って待っていてください。大体あんたオムツしてるんだから、そんなに焦る必要ないでしょうが。 エレベーターに乗り込むと、お兄さんは慌てて股間を押さえ込んだ。 「くぅ……」 彼の鼻から仔犬のような呻きが漏れる。そのまましゃがみこんだ彼はまだ立つことができるだろうか。 「お兄さん」 「……」 「お兄さん、もうしちゃったらどうですか?無理でしょう、そのまま歩くのは」 「……っトイレ、トイレに行きたいいっ……」 それは当然そうだろうが。次の階のトイレまで果たしてもつものか。こちらまで焦ってくる。 チン、と音が鳴るが、しかし、ドアが開かない。よく見ればランプも点灯しておらず、今何階にいるのかも分からない。意固地になって唇を噛んで我慢を続けていたお兄さんが、不安そうにドアを見上げた。 「あれ、おかしいな。……故障?」 お兄さんがサッと青ざめる。 そのまま、静寂だけが訪れる。 まさか、こうなるとは。思わずくらっときて、抑えた頭をそのまま抱える。何だってこうも、この人にとっての災難が続くものか。階段かエスカレーターで行けばよかった。 「……」 お兄さんは絶句している。身体をよじって耐える姿勢に入ったようだ。仕方がないので、俺が通話口に立った。 「はい、分かりました……すみませんが友人が体調不良なのでなるべく早く……そうです、か……はい、どうも……お兄さん、まだ、今から修理にかかるって」 通話が終わった。内容を伝えると、絶望の様相になったお兄さんは力無く両手を床についた。吐く息が荒い。もう波が収まらないらしい。今にも泣き出しそうな顔をして、気もそぞろな様子で、しきりに身をよじって膝をすり合わせて我慢を続けている。 「出しちゃったらどうですか」 お兄さんに向き直る。 「……床が、もし、吸いきれなかったら」 「仕方ないですよ。ちゃんと後で拭いてあげますから」
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