第1章

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座り込んで黙って泣きだしてしまう彼。もういいかな、逃げちゃおっかなーという考えは過ぎるものの、服のはじをがっちり掴まれている。ハサミは持っている、制服切ってしれっと逃げようか。ううん、でもなんだかんだ可哀想になってきたので、 「……あの、すぐ目の前に、家があるんですけどー、」 俺らしからぬ提案。 泣くばかりの青年に、リンチの可能性やお礼参りを一応は恐れている俺は、 「お兄さん、お仲間とかいないんですか?」 と聞いてみる。 「……」 無言だ。はぁ、仕方ない。さっきから言っている通り家は目の前だし、こうして困っている人を見捨てるのもどうかと思う。家の場所を軽々しく教えるのも問題だけれど……なんだかこの人なら大丈夫な気がする。正直、なんの自慢にもなりはしないが、野生の勘には自信がある。彼は、悪人ではないだろう。指を指しながら「…あの、僕の家、ここなんです。誰にも見られず入れますから…。お風呂や服くらいならお貸ししますよ?」さっきは出来なかった提案をしてみるのだった。 彼は黙ってついてきた。あれだけ怒りを露わにしていた後だけに、意外ではある。衣類の濡れが相当不快だったのかもしれない。やはり今日もぴったりと肌を締め付けるような黒衣だ。バンドマンなんだろうか。 エレベーターで何事もなく、あっさり最上階にたどり着く。 「タオル取ってきますから、少し待っていて下さい」 と言うだけ言って玄関口に彼を残した。防犯用カメラの起動は確認した。彼は俯き、突っ立って黙ったままだった。そのまま彼を置いて、バスタオルと、濡らしたタオル、それにバケツを用意して玄関に戻ると、おとなしくすすり泣きながらも待っていた。なんだか幼い姿に苦笑してしまう。タオルを渡そうとするが、両手で顔を覆ってしまったままなので、仕方なく濡れタオルで足を拭こうと触れる。瞬間、ビクッとした彼と目があった。その目は困惑と怯えが入り混じったものだった。綺麗だった。あまりに綺麗なその瞳に、なにも後ろめたいことなどないのに、なぜか動揺してしまう。なにも隠しだてできないような。過去の罪を暴き出されてしまうような。ただただ澄んだ、青。 「あ、す、すみません。つめた……くはないか。……ご自分でやりますか?」
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