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今まさに魔力が欲しい。彼を退けるだけのそれが。しかしながら、彼の不思議な魅力に惹かれているのは事実であった。仕方がないか、昔から直感は信じる方だ。
「わかりました。……お兄さんが、部屋で、漏らさないなら」
このルールは必須だろう。いくら顔を赤らめて憤慨されても言っておく必要がある。
こうして、「お兄さん」と俺との奇妙な共同生活が始まった。
3
「……あーあ」
俺の朝はため息から始まった。
「………」
たった一枚しかない敷布団がびちょびちょになったからだ。正直、こうなるんじゃないかとは分かっていた。しかし強引に住み着いたとはいえ、客人に床で寝てもらうことは自分の中ではあり得なかったし、かといっても自分が床で寝るのも絶対にごめんだった。とは言え色気も何もない、単なる男二人の雑魚寝である。広いとは言えない幅の布団だったから、肩が痛むけれど、起きた時のショックに比べたら大したことはない。
「……こんなつもりじゃ」
布団を諦めた俺は、その上に正座しているお兄さんを静かに見やった。大変疲れきった様子で項垂れている。
「まあ、いいです。どーせもう一セット買う予定だったから」
こっちの布団をお兄さん用にしよう。「……すまない。お金は払う」
このお兄さんは、自称魔界の人間であるにもかかわらず、比較的(?)真っ当な常識を身につけており、金銭感覚などもそのうちの一つだった。俺は金銭に余裕があるし、だからこそ超怪しい魔界の人間との同居をあっさり決められた訳だが、意外にも彼は昨夜のうちに家賃光熱費食費などの負担分を自分から提案してきた。こう、常識的になるまでには実は相当の苦労があったのかもしれない。また同居におけるルールについても一筆書いて拇印を押してくれた。そうだ、ルールである。
「……お兄さん、ルール」
お兄さんはびくりと肩を跳ねさせると、こちらを窺うように視線を送ってきた。
「その、同居解消、か?」
俺たちの、というより俺の一方的に決めたルールの一部はこうだった。1.室内で尿失禁をしないこと 2.室外でも尿失禁をしないこと 3.無理ならおむつを装着すること。だから俺は余裕の笑みで笑いかけてみせた。
「いいえ。……ルールその三に切り替えてもらうだけで」
「それだけは」
「ルールなので」
「……っ、わかっ、た……」
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