第1章

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どうかしていると言えば、とにかく魔界のことは置いておいて、これでもう、彼が俺を見ると尿意を催す特殊体質なことだけは確かだ。これでは俺としてもまあ、彼を放っては置けない。誰が好き好んで何度も他人に失禁した姿を晒すだろう。いくら気の触れているらしいクレイジー魔界お兄さんと言えど、そうすることにメリットがない以上、やはりわざととは思えない。第一、あの凹みようだ。何なら今日中にでも同居の解消宣言を彼の方から聞けるかもしれない。それはそれで寂しいような気がするなぁ、などと思うのは、キレイな石を見つけた後で捨てるのが惜しいというだけの気持ちでしかないはずだ。あれこれ考えながら、近くの治安の悪いコンビニで目的のものを入手した。さりげなくお兄さんの財布を持ってきているし、購入についても、俺が使う訳でもないので、特に抵抗はない。俺が帰宅すると、 「……あっ」 台所で立ったまま食パンを咥えたお兄さんと目があった。 「あっ、ちが、すまな、そのっ……腹が、減って」 「構いませんよ。ルールでも決めたでしょ」 そう、ルールでは、4.冷蔵庫の食料、タンスの衣類、筆記具などは好きに使用して構わない と定めてある。これはまあ、どうも話を聞いてみれば、彼は金はあるものの信用がないためにほとんどホームレス生活を送っていて、持ち物も今の手持ちが全てだと言うのだ。それならばと提案した、居候に気を使わせないための俺なりの配慮だった。 「どうしてもお前を見ていると腹が減るんだ」 「状況が違えば怖い台詞ですね」 話を聞けば、飢えて死ぬんじゃないかと思うくらい腹が減って堪らないらしい。そう聞かされた後はお決まりの魔界トークだ。 「私ほどの力がある者が、こんなに他者の存在で生理現象まで左右されるはずがない。だから私としては、お前が何か術をかけているのではないかと疑っていたのだが……」 というようなことを、パンを咀嚼しながらひたすら喋っていた。食パンを素のまま齧っている人に何を言われても、という気持ちだが。ああそう、実力者なんですね。 「俺にそれを言っちゃっていいんですか?」 「ううむ、どうにもそんな様子が見られないからな。昨晩だって、あらかじめ術をかけておくにしてはタイミングが、やっぱり」 「ああ、朝方に急に尿意が来たんでしたか」 「ああ……不本意だが、存在に力があり過ぎると考えるしかない」
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