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目を醒ました時、亮一の頬には涙が伝っていた。
手の中で暴れていた黒猫の感触が、まるで本物だったかのように未だ残っていて。
泣いていたのは、自分の残酷さに絶望したからじゃない。
あれが、夢だと知っていたからだ。
今背中に感じる体温が、あの黒猫のものではないことを理解していたから。
夢の中の幸福なひと時が現実ではないことの寂寥に、亮一は泣いていたのだ。
「さて……夢を現実にしに、行くか」
幸いカズキはまだ、寝息を立てている。今のうちに出た方がいい。いっそ酔いから記憶を失って、昨日のことは夢だとは思ってはくれないだろうか。
そんな淡い期待を打ち砕くように、亮一の胸には無数の鬱血痕が残っていて、亮一は苦笑いをした。
「……色が欲しいだけなら、この赤黒い痕だけで十分だろうに、なんでなんだろうな」
どうして自分は、黒猫の爪痕でなければ、満足ができないのだろうか。
そんなことを思いながら、散らばった衣服をまとう。
そのまま部屋代としてはかなり多めの額をおいて、部屋を後にしようとした時だった。
「――そうやって、全部なかったことにするつもりですか」
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