627人が本棚に入れています
本棚に追加
眠っていたとばかり思っていたカズキの低い声が、背中にかけられたのは。
「……なんだ。カズキ起きてたのか。悪ぃな。俺がいなくなった後だったら、もしかしたらどこぞの金持ちの姉ちゃんと一夜過ごせたかもしれないのによ」
「……俺に対するお気遣いどうも。でも、無駄です。俺は全部覚えてますから。あんたがどんな風によがって喘いだかも、一つ残らず覚えてます」
「うお、おぞましい記憶植え付けちまったな。悪ぃ悪ぃ。お詫びに今度、いい女紹介してやっから、それで勘弁……」
「――茶化すな!」
カズキの顔が、悲痛に歪んだ。
「分かってんだろ……俺が、俺が昨日どんなつもりで……俺が、あんたを……あんたのことを……」
「――カズキ」
亮一は、低い冷たい言葉で、続くはずのカズキの言葉を断ち切った。
「――悪ぃが、俺は安酒呑み過ぎて、昨日のことさっぱり覚えてねぇんだ。ただでさえこんなことになって、動揺してるのに、これ以上俺を混乱させねぇでくれ」
「……っ」
「昨夜のことは忘れようぜ。お互い。あまりに不毛だ。俺は男だからガキもできねぇし、病気だって持ってねぇはずだから安心していい。……悪い夢だったんだよ、全部。明日からは、また昨日と同じように、俺たちはただのオーナーと従業員だ」
それじゃあ、な。
最初のコメントを投稿しよう!