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始発の電車に乗って家に帰ると、部屋はまだ暗かった。
廊下の電気はつけずに、早朝の薄暗い状態のままリビングへと足を進める。
リビングの電気をつけて、大きく息を吐いてソファに身を投げ出そうとした瞬間、強く背中を押された。
「……っ」
したたか鼻を打ち付け悶絶する亮一の上に、亮一を突き飛ばした犯人は当然のように覆いかぶさってきた。
「――可奈と別れたら、今度はすぐにまた別の女か? 亮。……俺はお前に、朝帰りなんか許可した覚えはないんだがな」
冷淡を装っているが、どこか余裕がないその声に、思わず笑みが漏れた。
「なんで、てめぇに許可をもらう必要があるんだ? アキ」
だけど、まだ足りない。
その瞳には、まだ、前のような感情が滲んでいない。
もっともっと、彰広を傷つけなければ。
「……お前、まだ自分の立場を理解していないんだな」
「立場? 言うほどのことかよ。ようは言うこと聞かないと写真ばらまくって、だけだろ」
亮一はくつくつと喉を鳴らして笑いながら、彰広を挑発する。
「なんかもう、俺最近、店がどうなろうが、どうでもよくなってきたんだ。……お前がいくらおどそうが、好きにさせてもらうことにする」
その言葉は、嘘じゃなかった。
可奈と別れてから、千春の親身な忠告を拒絶してから、カズキを利用してから。
どんどんと自分の「大切」だったものが、色あせていくのを亮一は感じていた。
自分の中の「人間らしい」部分が、削り落ちて行っているのかもしれない。
そして、その感情は、今彰広を目の前にしたことで、決定的になっていた。
「……今日寝てきた女と、付き合うっていうことか?」
「女じゃねぇよ、馬鹿」
色が、欲しい。
夢で見た、あの赤が。
「カズキだよ。……カズキに抱かれてきたんだ」
愛しい黒猫の、狂気が欲しい。
今はただ、それしか考えられない。
(アキ……壊れろ。壊れて俺に、その感情を晒してみせろよ)
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