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「でも、結構近所で遺体が発見されてるし、怖いもんは怖いよ」
尻切れトンボで声を小さくする律子を元気づけようと、ソファから静かに立ち上がると、そーっと彼女に近付き、背後から抱き締める。
「……あー。まぁ、お前の場合は俺がいるんだし。そんなに怖けりゃ、送り迎えぐらい毎日致しますよ。“お姫様”」
普段は絶対言わないような台詞を吐くと、「あははは。ちょっとやだ。お姫様だなんて、らしくないこと言わないでよ」と、俺の腕をビシバシと叩いて笑っている。
「さ。そろそろ離して。もう、ご飯できるから」
つっけんどんな言い方をしているのは、照れ隠しなことぐらい分かっている。
その証拠に、彼女の耳は真っ赤だ。
とはいえ、そこにツッコみを入れると、「そんなことないもん」と、不貞腐れるのは目に目ているので、ここは大人しく引き下がる。
「はいはい。何かテーブルに持ってく?」
「じゃあ、お茶碗にご飯よそって」
「あいよー」
こんな何気ない会話が心地いい。
いつか、こんな生活が当たり前になって、彼女の心も体も全て自分のものになったら……そんなことを夢みながら、今ある幸せな時間に浸っていた。
数時間後。
まさか、あの時のように、『後悔』する選択をするだなんてことを、この時の俺は知る由もなかった。
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