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『避けろっ! 体を転がしてでも避けるんだっ』
必死に怒鳴ったところで、あの時、宙を舞い、脳が激しく揺さ振られた俺は、脳震盪を起こしていたのだから、成す術もない。
今見ているものが、夢だと分かっていても、俺は瞼をギュッと閉じた。
聞くに堪えない肉が潰れ、骨が砕ける音と、火が付いたように泣きだす子供の声が、鼓膜を震わせる。
『俺は何度、死ねばいいんだ……』
震える声で呟く中、遠くの方からサイレンの音が鳴り響く。
けれど、その音はいつまでも近付いてくることはなく、その代りに、誰かの声が聞こえてきた。
「……く……た……と?」
女の声だ。
一体、何を言っているんだろう?
ところどころしか聞こえない単語の意味が分からない。
それでも、彼女の声を聞くと胸が温かくなる。
最初は尋ねるような口調だったその声は、徐々に切迫したものになっていくと共に、過去の自分ではなく“俺自身”が、揺さぶられているような感覚がした。
『ああ……そうか。これは――』
思わず頬が緩むと、今度はハッキリと彼女の言葉を聞き取ることが出来た。
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