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「あ、おはよう」
「――おはよ」
軽やかなその声とは対照的な、私のか細い声。土埃りけむる校舎の出入り口は今朝もほの白くかすんでいる。
それは本当に白いのか、ただ自分の頭がまだ眠たさを残しているせいなのか、或いは朝のたった一言の挨拶をーーそれもかなりの偶然がなくては交わせない彼が神々しくて、その周りだけが白んで見えるせいなのか、それは分からない。
まだ男性と呼ぶには遠い、女の子のように華奢な手足は象牙色に柔く、頬も髪もぽかぽかと温かく光っている。
言葉を交わせば声音は暖流のように優しいけれど、それが声変りの後なのか判断が難しいのは、その声が十三歳の少年の中世的な面差しには不似合いに、少しハスキーがかっているせいだろう。
陽気で気さくな彼の声と言葉は、たやすく人の懐に入りこみ味方にしてしまう。私に一番欠けている能力を、彼は持っているのだった。
最初はそうーーただの憧れから、己の持たざる能力を持つ彼が羨ましくて、どこか妬ましくさえ思いながら日々を過ごしてきた。同性であればそのままの感情を引き継ぐところを、偶然にも異性だった彼は、いつしかゆるやかに、でも確かに恋の対象へと変わっていった。
かといってこちらから話しかけることなんてできない。見つめることさえ。そのうちに彼を思えば思うほど、逆にその輪郭は薄ぼんやりとして、ついに顔さえもはっきりと心に思い描けなくなっていって。
燃え立つ炎とは違う、石窯の炭のように静かに、けれどいつまでもくすぶり続ける。私の恋は、そんな恋。
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