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たった一言の挨拶を交わしてしまえば、あとは若鮎のような速さで私の前をすり抜け、階段を駆け上る華奢な足首。少し間を開けてから私はゆっくりと後に続いた。
教室は彼の息づく水槽だけれど、同時に戦場でもある。
内向的に過ぎる私は言葉が足らず、いつも誤解ばかりを受けてしまう。
男の子からは、せっかく話しかけられてもそこに僅かでも揶揄の気配を感じると、即座に壁を作りたくなってしまう。
女の子の場合はもっと付き合いが難しい。一人でいる時間の多い私は、複数の女生徒から暴言に近い言葉をやすやすと浴びせかけられた。
でも一人であることって、そんなにもおかしいことなのだろうか。罪悪なのだろうか。そんなにも、馬鹿にされて当然の在り方なのだろうか。なぜ、物言わぬ人を攻撃しようとするのだろうか。
彼らからのそれはドッヂボールに似ていた。
ただ勝てば楽しいからボールを当てる。ただ楽しいから、言葉の暴力を私に当てる。
特別の意味も、罪の意識もそこにはない。いや敢えて意味があるとするならば、誰かを貶めることで自分はその人よりも優位な人間なのだと確認できるから、だろうか。結局のところみんな心が弱く、自信がないのだ。私と同じように。
だから同性にも異性にも横柄にせず、ただにこにこと笑む彼の在り方は大人びていて、周囲からも一目置かれる存在だった。私が彼に惹かれたのは、きっと息をすることと同じくらい自然な成り行きだったろう。
たとえ自分の掲示物だけが中途半端にずらされて張り変えられていても、靴を隠されても、彼のことを想えば心を優しくあれた。あの陽気な声と行動と、対照的に儚い月のような容姿は、大げさでなく神様だ。
昼も夜も、絶え間なく私を照らしてくれる神様。
そんな人と、同じ時空の中で出会えたのだ。
奇跡みたいに。
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