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秋晴れの肌寒い今朝、偶然にもまた昇降口で出会えた彼は、一足先に下駄箱の前にかがんで、靴を脱いでいた。
でも上履きを取り出した拍子に尻ポケットから紙切れのような物が抜け出て、コンクリートの床にぺらりと落ちた。彼は気づかず、そのまま行ってしまおうと膝を伸ばす。落ちていたのは赤い栞だった。仕方なく拾い上げた私は、
「お、おはよう」
意を決して声をかけた。振り向いた彼も短く『おはよ』をくれたけれど、すぐまたあちらを向こうとするので、私は慌てて、
「こ、これっ」
うわずった声を上げた。
今度は少し面倒そうに振り向いた彼は、しかし私のぐっと伸ばした手の栞を見るや、ぱっと目を反らした。なぜだか赤い顔をして。
「いい、あげる」
「えっ、でも……」
「それ、作ったの、妹だから」
歯切れ悪くつぶやいて、逃げるように行ってしまった。居心地悪そうに首を回して速足に階段を駆け上がっていく背中をぽかんと見送る。そのうちに他クラスの生徒が昇降口に入って来たので、私は彼が残していった栞を改めて見つめた。
それは中に押し花を入れてラミネート加工された、手の込んだものだった。真っ赤な色素を惜しみなく主張する花かんばせはコスモス。
けれども私はあの活発な彼が読書を楽しむ姿は今だかつて見たことがないし、図書室辺りで見かけたこともない。彼の恥ずかしそうな様子から、それはなかば強引に――おそらく製作者の妹さんに押し付けられた物だろうことは、容易に想像できた。
つまり、『作ったからお兄ちゃん、使ってよ』。
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