20人が本棚に入れています
本棚に追加
そうしてそれを、使いもしないのに受け取ってあげるのが彼らしいなと思う。妹思いの、優しい兄の。
わざわざこれを妹が作った物だと主張してきたのは、栞が一目見て手作りの品だと分かるからだろう。
『これ誰かに貰ったものでも、まして自作でもないから。あくまで妹が作ったんだからね、勘違いしないでよね』
そんな恥ずかしそうなハスキーボイスが、コスモスのおしべから聞こえてきそうで。
少しいびつな、曲線のついた栞。まだ温かなそれが、今しがたまで彼の尻ポケットにぴったりとくっついていたことを伝えるから、何となく気恥ずかしい……。
それからラミネートの人工的な臭いと、わずかに油脂の匂い。油脂は彼の手の匂いか、妹さんのそれなのか、いずれにしても彼の家庭を覗き見て、その香りを嗅いだような気がした。
彼と彼の家族と、たぶん私しか知らない秘密の栞。
心がほわりと浮き上がって、穏やかな優越感に満たされる。
彼の消しゴムの端っこでもいいから欲しいな、なんて人が聞いたら眉をひそめるような願望を持つ私にとって、これはほとんど事件だった。
ごめんなさい、でもありがとう。
彼にとってはばつの悪い一日の始まり。
でも私にとってはラッキー。とてつもなくラッキーな朝。
私は栞をお気に入りの短編集に挟み込んで、通学カバンのサイドポケットに忍ばせた。するとカバンのそこだけが赤く滲んでいくようだった。思い描くたびに、胸の中に。
最初のコメントを投稿しよう!