本文

1/8
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

本文

 耳障りに思えた蝉の鳴き声や、うだるような暑さがちょっぴり懐かしくなってきた昨今、いかがお過ごしでしょうか。  すっかり涼しくなりまして、日課の散歩も面倒に思えなくなり、容赦なく肌を焼く太陽への憎しみもどこかへ行ってしまいました。これで鬱陶しい天敵の蚊さえいなければ、本当に暮らしやすい季節なのですが。  さて、私は近頃、人間観察を始めまして、大事なお勤めのかたわら、退屈しのぎも兼ね、門前の道を行き交う人々の姿をこっそりと眺めております。これが案外面白いので、いっそ趣味にして本格的に楽しんでみようかと思っているのですが、そんな矢先のことでした、ある問題に直面してしまいました。  “悩み”と言い換えてもいいでしょう。  事の始まりは、夏休みが明けてしばらくのことでした。  朝、お父上様、お嬢様、お坊ちゃまの順に慌ただしくご出勤なさいまして、お一人残られたお母上様が、私の朝食をご用意くださるまでのひとときの間に、門前の道を二人の男女がすれちがったのです。  男性のほうはお坊ちゃまと同じ高校に通われていると思われます。昔ながらの黒い学生服、いわゆる学ランを着られていましたので、まず間違いありません。     
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!