ソレイユの便り

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 おじさんに初めて会った時、僕はまだ幼かった。でももうその時には一言もしゃべらなかった。  母が『おし』だと当時言っていたが、それが何か分からず、何も話さない彼に恐怖を感じたのを覚えている。  でも、こうして改めて見ると何が怖かったのか、そう思う自分がここにいた。 「あ、蝉!」  一匹の蝉がおじさんの肩に止まった。そのままジーッと大きな音を立てる。  僕は思わず耳の穴に指を入れた。けれどもおじさんはそのことにさえ気づいていない様子だった。  彼の肩に触れて蝉を追い払う。  蝉が勢いよく飛んで行くと同時におじさんがこちらを向く。  僕はお寺の方を指差して、歩き出す。おじさんも立ち上がってついてくる。  恐らく彼にはこの足音も、今吹いている風の音も、木々が揺れる音も聞こえていないのだ。  ふと僕は世界が無音だったら、と考えた。それは不安になる程に、恐怖を感じる程に静かなのだろうと想像した。  だがすぐに『落ち着いて過ごしやすいかも』と思う自分もいた。  というよりも、生まれた時から聞こえないのなら、その無音な空間が彼にとっての世界なのだから何も感じないのかもしれない。  坂を上り切ると寺の門が見えた。僕は一度止まっておじさんが来るのを待った。  中に入ると数名の人が墓参りを済ませて出て行くところだった。  軽く頭を下げてやり過ごすおじさんの真似をして、僕もお辞儀をする。  おじさんは入口に立つ、案内係の女性から線香を購入すると、僕の方を見て足元を指差した。そこに並んでいた水桶の一つを僕は持って、墓地の奥へ向かう。  何も、会話だけがコミュニケーションというわけではないのだ。
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