第3章

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 不審に思って屈み込んで扉を開けた。はらりと落ちたソレは、5センチ角の透明なビニール袋だった。  拾い上げようと手に取り、思わず息を飲んだ。  中には、黒々とした、おそらくは陰毛と思われる物が、びっしりと詰まっていた。  まさか……。  雅人の身の内に、あの夜の、目隠しされた暗闇の中で下腹部に当てられた剃刀の冷たい感触が甦ってくる。  背中を冷たいものが走り、ぞくりとした。  どういうことなのか。  雅人には理解できなかった。いや、理解したくなかった、というべきか。  どうして貴之が、こんな物を持っているのか。雅人は眉根を寄せる。  誠実で穏やかだと思っていた貴之の別の一面を発見したようで、吐き気がこみ上げてきた。  しかし、たとえ貴之にそういう性癖があったとしても、それは雅人とはなんの関係もないことではないか。  もう過去のことかもしれないし、貴之も忘れていることかもしれない。  貴之の人に知られたくない秘密を覗いてしまったようで、雅人は急いでビニール袋をシンク下に突っこみ扉を閉めた。  立ち上がると、作りつけの棚から真新しいバスタオルを見つける。  雅人は、そのうちのひとつを取り出し、ローチェストの上に置いた。  ローチェストには上部に縦にふたつ横にふたつ、合計四つの引き出しがあり、下半分はランドリーボックスになっていた。  貴之は洗濯物を溜めていなかった。ひとり暮らしだと、そんなに洗濯物もでないのかもしれない。  雅人はもう、意識的にあちこち見ないようにして洗面所を出た。  お湯が溜まると機械音がピッピッと報せた。  雅人は光希に風呂にはいるように言い、夕飯の支度を再開した。  サラダを作り、スープを作り、パスタのソースを丁寧に作り終えたところで、貴之が帰ってきた。 「お帰りなさい」  風呂から上がったばかりの光希が飛びつくように出迎えた。 「あ、ああ、ただいま」  出迎えなど受けたことのないだろう貴之は照れくさそうだった。 「ねえねえ、室生さん」  光希は、格好の遊び相手を見つけたとでもいうように貴之にまとわりつく。 「光希。貴之が着替えられなくて、困っているよ」  雅人は笑いながら光希をたしなめる。 「いや、かまわないよ」  貴之は、大きな手で光希の頭を包み込むように撫でた。
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