第3章

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「光希、食事の支度を手伝って」  そう声をかけると、光希は素直に貴之から離れ、キッチンにやってきた。  食卓の用意を調え終え、ラフなシャツとコットンパンツに着替えた貴之がリビングに戻り、三人はテーブルに着いた。 「へえ、シャブリかあ」  貴之がにこにこしながらワインを抜く。貴之の好きな銘柄だった。雅人のグラスに貴之がワインを注ぐ。  まるで亜矢が亡くなる前の、光希の誕生日の夜のようだった。貴之の優しい笑顔。やわらかな物腰。しかし時折、雅人に注がれる熱い眼差し。終始、雅人を気遣ってくれているのがわかる。  しかしその一方で、洗面所の扉の奥に隠された小さなビニール袋が染みのように明滅する。思い出すだけでも気分が悪くなりそうだった。 「どうかした?」  ふっと我に返ると、貴之が雅人を見つめていた。 「あ、ごめんなさい」  雅人は謝った。 「パパは室生さんに見とれていたんだよ、きっと」  光希が思いがけなく核心をつく。 「そんなこと……」  と、顔をあからめて言葉を詰まらせてしまう。 「こらこら、大人をからかうなよ」  すっかり自分になついている光希を貴之は冗談のような口調でたしなめる。しかし本当はまんざらでもないと思っていることは顔を見ればわかる。 「だって室生さん、僕から見てもかっこいいもん。男でも見とれるよ」  貴之はともかく雅人が女性を愛せないゲイであるとを、光希は知らずに言っているのだろう。 「お、そうか。光希くんに憧れてもらってるなら光栄だな」  疑いを持たせることなく、貴之は一般的な常識の範囲で光希に答える。  さすが貴之だと、雅人は感心する。  夕食を終えると、雅人と貴之は一緒に食器をかたづけた。 「いいのに」と、雅人が言っても、 「ひとり暮らしだから、馴れている」  と、実際てきぱきと手際よくかたづけた。  光希は、まだゲームをしている。  雅人は貴之が風呂から出てきたのと、入れ違いに、 「お風呂を使わせてもらうね」と、いちおう断った。 「どうぞ」  貴之は、雅人に向かってウインクすると、光希の隣に座ってゲームを覗き込んだ。  いったん客室に行き、着替えを持つと洗面所に入った。  服を脱ぐとき、夕方目にしたシンク下のビニール袋が思い出された。
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