第3章

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「さあ、光希。そろそろ寝る時間だよ」  雅人の呼びかけに光希は、はーい、と素直に応じてソファーから立ち上がった。 「おやすみなさい、室生さん」  無邪気な笑みを浮かべる。 「ああ、おやすみ」  貴之は、もう照れくさそうには見えなかった。光希に、ごく自然にあいさつを返した。  家にいれば、ひとりでベッドに入る光希に雅人は付き添う。  ベッドに横たわる光希の頭を撫でながら、 「だいじょうぶ? 眠れる?」  と、雅人は優しく声をかける。 「うん」  もうすでに眠そうな目を光希はこする。  高校生とはいえ、初めて他人の家で寝るのだ。  光希が緊張していないかと心配したが、それは雅人の杞憂だったようだ、すぐに健やかな寝息が聞こえてきた。  照明を消すと、雅人はリビングに戻った。 「眠ったの?」  さっきと同じようにブランデーグラスを傾けて、貴之が微笑みかける。 「ああ」  頷くと、雅人は貴之の向かいに座る。 「本当に君は過保護だな。光希君はもう高校生だろ?」  貴之は呆れる。 「でも、あの子は年より幼いと思わないか? 僕は心配なんだよ」 「それは君が、あんなに甘やかすからだよ」  反論しかけた雅人を制して、貴之はソファーから立ち上がった。 「言わなくても君が光希君をどれだけ大事に思っているかわかっているよ」  キッチンへと入った貴之は、しばらくして細長いグラスに入った真っ赤な飲み物を手にして戻ってきた。 「はい」と、雅人の目の前においた。 「ブラッディマリーだよ。トマトジュースに少しだけウォッカを入れたんだけど、これならどう?」 「ありがとう」  雅人は、軽くひと口含んだ。  トマトの青い甘みの中に、わずかにアルコールが感じられた。 「ほとんどトマトジュースだね」  微かに笑う。 「まあ、そうなんだけど、ひとりで飲むのも変な感じだし」  はは、と貴之も苦笑いを漏らす。 「その後、警察からなにか新しい情報の連絡はあった?」  貴之の問いに雅人は首を横に振る。 「いや、なにも。それよりも……」  今朝、駅前の喫茶店で町田に会ったこと、このマンションでなにか酷いことが起きると言われたことを、貴之に伝えようかどうしようか。雅人は迷った。  警察に町田のことを告げてから、まだなんの連絡もなかった。なにか報せてくるまでは貴之には黙っていたほうがいいのだろうか。
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