第3章

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「どうかした?」  ふと視線を向けると、貴之の穏やかな眼差しとぶつかった。 「あ、いや、このマンションでなにか起こるって……」  貴之のあたたかな光を宿す瞳に見つめられて、つい雅人は言ってしまう。 「え? 誰がそんなことを?」  瞬間、貴之の瞳が曇ったような気がした。 「あ、いえ、あの、町田君が……」  やはり黙っていられなくて、結局貴之に光希の年上の友人のことを話した。 「うーん、そうか。でも、どうして彼がそんなことを言うんだろう? 今度の事件のことでなにか知っているのかな?」  思慮深げな眼差しを雅人に向ける。 「それは、わからないんだけど……」  口では、そう言ったが、おそらくそうなのだろう。しかしなんの確証もないことだ。 「光希君は? 彼とは仲がいいんだろ? なにか言っていたかい?」  首を振る。 「光希にはなにも言っていない。ここでなにか起こるなんて、そんなことは……」  雅人は眉を曇らせた。  貴之の手がそっと伸びて、雅人のそれに重なる。 「心配いらないよ。このマンションは、オートロックだしセキュリティは万全だ。雅人を動揺させるのが目的で、そんな根拠のないことを言ったんじゃないかな?」  あくまでも雅人を心配させまい、とする貴之の気遣いが手のあたたかさとともに雅人に伝わってくる。 「でも、どうして僕を動揺させる必要があるんだ?」  甘えるように尋ねた。 「さあ、それは僕にもわからない。でも……」  雅人は上目遣いに貴之を見た。 「でも?」  まっすぐに雅人を見て貴之はゆっくりと言った。 「彼は亜矢の事件に関して、なにか知っている気がする」  雅人の手の上に重ねられた貴之の手に力がこもった。 「やっぱり貴之もそう思うんだ」  少し眠気を感じて、雅人は貴之にもたれかかる。  明日は、警察から町田のことでなにか報せてくるかもしれない。  あるいは――。 「どうかした?」  貴之の手が雅人の体を引き寄せた。 「いや、ただ……」  貴之の胸に引き寄せられる。 「ただ?」  厚い胸の中にすっぽりと包みこまれ落ちてくる穏やかで低い声を聞く。  雅人は視線を上げる。 「早く犯人が捕まればいいのに、と思って」 「そうだな」  貴之が頷いた。  雅人の身体からすうっと力が抜けるのがわかった。優しく抱き寄せられる。  貴之の深いため息が頭上に落ちる。
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