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ふと、亜矢の携帯へ電話をかければ犯人へと繋がるはずだ、と今さら気づいた。
記憶を頼りに、亜矢の携帯にかける。
けれど、電源を切ってあるらしく繋がらない。
冷たい汗が雅人の背中を伝う。
今までずっと亜矢を襲った犯人が雅人を陵辱していたと思い込んでいた。
だけど――。
亜矢はずっと雅人のセーフティロックの役割を果たしてくれていた。
その亜矢を喪ったことで、長く閉じ込めていた「雅人」のタガが外れたのだとしたら。
「ああっ」
呻くと、雅人は頭を抱えた。
表に出さないように、細心の注意を払っているつもりだった。
それなのに、「彼」は――。
雅人が羞恥に身悶えするのを、嗤って見ていたのだ。
あの機械的な笑い声は、では雅人の内から聞こえていたのだろうか。
ふふっ、くくっ、という嘲笑が耳鳴りになって雅人の脳裏に障る。
嫌だ、そんなこと──。
ずっと巧くやってきたのに。
激しく頭を振った。
窓を閉め切り、深くカーテンを閉ざした部屋に、男の冷笑が途切れることなく響き渡る。
耳を塞いでうずくまる。
けれども響いてくるのは雅人の内側からなのだ。
早く男を追い出さなければ。
ふらふらと立ち上がる。
やらなければやられてしまう。
早く、はやく男を殺ってしまわなければ。
男は雅人を乗っ取るつもりなのだ。
まだ間に合う、今なら。
乗っ取られる前に──。
あちこちをふらふら彷徨う内に、薄闇の中でキラリと冷たく光るモノを見つけた。
雅人は、とっさに手に取る。
それが男を葬るのには、最適なのだとわかっていた。
握りしめると、男の姿を探す。
あの男は、ずっとこの家にいたのだ。
今もどこかから雅人を見ているはずだった。
寝室に戻ると、隅のほうでじっと雅人を見つめている影に気がついた。
やっぱりいた。
雅人は影に近づく。
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