第3章

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「光希、そろそろ行こう。これから毎日、ここを通るんだから」  声をかける。  光希は、うん、と生返事をしながらも、その時は店のショーウインドウから離れて歩き出す。が、また足を止める。  やっとマンションまで帰り着いたのは、5時前だった。  雅人は口元を引き締めて、あたりを見まわす。  どこかで誰かが自分たちがオートロックを解除しているのを見てはいないか。もしかしたら、一緒に入ろうとはしていないか。  用心深くあたりを見まわしたが、雅人には誰の姿も目に入らなかった。  マンションの玄関は、二重にロックされている。まずカードキーを射し入れてから暗証番号を打ち込む。  キーだけでも暗証番号だけでも、ドアは開かない仕組みになっていた。  雅人は、貴之に教えられた手順通りに操作をする。と、ガラスドアがウィーンと微かな機械音をたてて開いた。  その様子を一軒家育ちの光希は珍しそうに見入っている。 「マンションって、面白いんだね」  と、感嘆のため息まで漏らしたのが、雅人にはおかしかった。  シャガールと見事なアレンジメントフラワーに飾られたエントランスから、エレベーターで10階に上がる。  いちばん奥の、貴之の部屋の前まで行くと、ふたたびカードキーと暗証番号でドアを開ける。 「わあ、すごい」  光希は部屋の中に駆け込むと、真正面突き当たりのリビングに直行した。 「景色がいいね」  同じくらいか、もっと高いビルも並んでいたが、それでも窓の下にはちいさな家々がひしめき合っているのや、ビルの後ろには河川敷も見えていて、その向こうには靄がかかった山の連なりがうっすらと望めた。  雅人も光希の横でその景色を一眺めたていたが、 「おやつのケーキを食べましょうか」  と、光希の横を離れてキッチンへ向かった。  対面キッチンから、光希が大きなテラスの硝子戸にぴったりと貼りついているのがよく見える。  その様子を微笑ましく見ながら、雅人はカップボードから適当なカップソーサーを選んでお茶の用意をした。  シンクの上にあったステンレスのポットに雅人は水を入れ、IHコンロの上に置いて、スイッチを入れた。  コーヒーの粉はあるが、紅茶が見あたらなかった。
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