第3章

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 雅人は、そのゲンキンさに苦笑する。  初めての家だというのに、光希はちっとも遠慮がない。いや、子どもは本来、こういうものなのかも知れない。  光希の順応性のよさに雅人は気が抜けながらも、ほっとする。  と、突然、携帯が鳴った。  びくんとする。  恐る恐る携帯を取り上げる。  モニターの「室生貴之」の表示を確かめて、ほっとする。 「はい」 『あ、雅人? 悪いけど、今日は家に帰るのが八時くらいになりそうなんだ。適当に食事をしておいてくれるかな?』 「貴之、食事は? もしよかったら、夕食、用意しておくけど……」 『え? 本当? 嬉しいなあ、雅人の手料理が食べられるなんて』  貴之は、本当に嬉しそうな口調で応えた。 「そんな、居候させてもらっているんだもの、それくらいのことはさせて。口に合うかどうかわからないけど」  ひとりだと外食ばかりなんだ、楽しみにしているよ、と言って貴之は電話を切った。  雅人も受話器を置く。  光希はいても、なんだか新婚みたいで照れくさかった。  お米を研ごうと思ったが、米びつも炊飯器もなかった。  雅人はスーパーの袋から野菜、パスタ、フランスパン、赤ワインを取り出した。  けれどもしばらくここで暮らすのなら、炊飯器と米はあったほうがいいだろう。  明日、買いに行こう、と思いながら、夕食の用意に取りかかる。  いつの間にか陽はすっかり暮れていた。 「光希。貴之は八時頃、帰ってくるって。夕飯、それからでもいい?」  雅人は光希の背中に声をかけた。 「うん」  ゲームに夢中になっている光希は振り向きもせず生返事をしただけだった。  本当にしょうがない。雅人は、苦笑混じりにため息をつく。  あらかた料理を作り終えると、雅人は先に光希を風呂に入れておこうと思いたちバスルームに行く。  きれいに磨かれたバスルームは男のひとり暮らしに思えず、きちんとした貴之らしさに思わず微笑む。  バスタブに栓をして、給湯のスイッチを押す。  四十二度に設定されているお湯が、じゃあじゃあとバスタブに注がれていく。 雅人はバスタブにフタをすると、バスルームを出た。  脱衣室のタオルハンガーに掛けられていたタオルで手を拭う。  ふと、シンク下の扉の隙間から、なにか小さくて黒い物がはみ出しているのが目についた。
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