嘘の花

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 だいたい七月から八月。  気温は三〇度を超えるあたり。  歩くだけでシャツの内側が汗ばみ、蝉の求愛は激しさを増す、そんな設定の季節。 「ねえ、どう、似合う?」  横に座った未希がひらひらと袖を振っていた。彼女が笑うと、真っ白な犬歯がむき出しになる。  薄桃色の浴衣は色素の薄い彼女の肌とほどよくマッチしているように見える。 「馬子にも衣装、なんて自分で使う時が来るとは思わなかったよ」  蹴られた。左足のくるぶしの辺り。  神社の境内はとても静かで、僕達は石段に二人きりで腰かけている。遠くからは子供も大人も入り混じった夏祭りの喧騒が聞こえてくる。ずらっと並んだ屋台に吊り下げられた提灯が、夜を眩く照らし出していた。 「じゃあ君は匕首に鍔だね」 「あいくち? つば?」 「似合わないってこと」  言われて自分の装いを見直してみる。真っ黒な甚平は、確かに僕が着るには男らしさが強すぎる。着ているというよりも、着させてもらっているというぐらいの気分だ。  難しい言葉を知ってるなと思ったけれど、最近は本を読むぐらいしかすることがないと言っていたからその影響だろうか。 「僕はいいんだよ。今日は未希が主役なんだから」 「そう? じゃあ主役を引き立てなさい」 「姫、本日のお召し物は大層お似合いでございます」 「くるしゅうない」  おーっほっほっ、と漫画みたいな笑い方をする未希を見ながら、引き立てるというよりはおだてるって感じだな、と思ったけれど言わないでおいた。
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