嘘の花

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「――いたいっ!」  未希が悲鳴を上げた。ゴーグルをひっぺがす時に髪の毛を巻き込んでしまったらしい。  VRゴーグル、さっきまで彼女が頭につけていたそれを、僕は強引に取り上げた。  自分のゴーグルも外すと、視界に映ったのは浴衣ではなく青白い病衣を着た未希と、僕達の体重でへこんだ病室のベッド。窓の外には灰色の空が広がり、しんしんと雪が降り注いでいる。 「なにすんのよ!」  未希に胸ぐらをつかまれる。すっかり筋肉の落ちた腕のどこにそんな力があるのかというぐらいにパーカーの生地が引っ張られた。 「は? 意味わかんない。なに? 一緒に見ようって言ったじゃん。花火」 「うん、言ってたね」 「二人の思い出だからって、最後にって!」 「そうだね」 「だったら、なんで!」  息を切らせた未希の小さな手を、自分の手で包む。指を一本一本ほどいて、引き離す。 「だってさ、知らないよそんなの。未希が勝手に盛り上がってただけじゃん」 「なによ、それ。そんなのって」 「最後って、なに」  未希は元々大きい瞳をこれでもかというぐらいに見開いた。 「もう死ぬ気満々ってこと? やり残したこと全部片付けてすっきりしようって? でもさ、僕はあと何回だって二人で花火を見たい。わたあめもチョコバナナもりんご飴も焼きそばも食べたい。未希の浴衣姿が見たいし、花火を見ながらキスがしたい。全部したい。これで最後とかもう満足とか、勝手にしないでよ。花火が見たいなら夏まで生きてよ。十年後も二十年後もしわくちゃのおばあちゃんになっても一緒に花火見に行ってよ!」
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