56人が本棚に入れています
本棚に追加
火焔は地に降り立つと、花香の目の前に立つ。
炎のように激しく燃える瞳で彼を見つめる。
「花香」
低めで張りのある情熱的な声。
花香はその声で名前を呼ばれるとクラクラした。
その炎ように燃える瞳に見つめられると、
そのまま彼の胸に身を預けてしまいそうになる。
「火焔…」
花香は蕩けるような笑みで、彼に答えた。
青紫色の瞳が、微かに艶を帯びる。
火焔はそんな花香を見ると、
そのまま強引に抱きしめ、その美しい肌に自らの痕跡を残したくなる。
思うままに彼の唇を蹂躙し、その肌に唇を這わせ…。
あぁ、それが出来たなら。
五聖はいついかなる時も、そのバランスを均衡に保たねばならない。
感情に流されてしまうなど、言語道断だった。
そう、宿命づけられていた。
だから火焔は、見つめるだけで満足だった。
花香もまた、見つめられるだけで嬉しかった。
(火焔…)
水鏡はそんな火焔を、慈愛と悲しみのこもった眼差しで見つめていた。
その炎のような激情を受け止めてやりたい。
水の持つ力なら、それが可能なのだ。
自らなら、彼の熱すぎる想いを適度に冷やしてあげられる。
互いに相反する力。この二聖は互いに「相殺」の間柄。
言わば、活かし合うのではなく、互いに牽制し合う相性だった。
水鏡は時々想う。
相性や宿命などに構うことなく、欲しいものは欲しい!
そう言えたなら…。
己の溢れる感情のままに火焔を抱きしめたい。
そして花香を手折ってしまいたい。
その全てを呑み込み、無に返してしまえたら…。
けれどもそれは、叶わぬ夢…。
そして水鏡は、いつものように涼しげな笑顔の仮面を被る。
「…今宵は、月が格別に美しくなりますよ」
花香と火焔に声をかけた。
言われるままに、天空を見上げる花香と火焔。
空には、昇りたての淡い月が浮かんでいた。
今宵、夜空は尚一層黒々と艶めき、月は花々を強く照らし出すだろう。
そして花々は月の光をまとい、益々色鮮やかに、一層輝く事だろう。
神はこの光景をこう名付けた。
「花天月地」と。
最初のコメントを投稿しよう!