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そんな水鏡を、
悲しい眼差しで見つめる者がいた。
その者は、水鏡達よりも約10mほど後ろで、
生い茂る木々に佇んでいた。
彼らに悟られぬよう、気配を消して。
漆黒の艶やかな長い睫毛の帳。
それに囲まれた瞳は凛とした切れ長。
冷たいまでに澄み切った漆黒の瞳は、
黒曜石を思わせる。
面長に近い逆三角形の輪郭。象牙色の肌。
背丈は水鏡と同じくらいだろう。
筋肉質の体は、太くもなく細くもない。
淡い灰色、暗灰色の帯の直裾を身に纏う。
整えられた形の良い黒い眉。
高く、スッと通った鼻筋。
怜悧さの象徴のように引き結んだ形良い唇。
この者は五聖の内の土を司る『産土(うぶすな)』
土は命を根付かせ、安定させ、
継続させる役割を担う。
神は産土に知識と思慮深さを象徴する
『眼鏡』を与えた。
同時にその眼鏡の銀の縁取りは、
賢者の如き深い知識、
知性に裏打ちされた冷静な判断力を宿し、
静かに煌めく。
漆黒の髪は顎の辺りで切り揃え、
耳の辺りから削いで軽くさせてある。
歩く度にサラサラと揺れた。
(…水鏡…)
心の中で、愛しげにその名を呟く。
(自分なら、
お前のその溢れる想いを存分に、
しかと受け止めてやれるのに…)
産土はそう言ってやりたかった。
水は感情も司る故、
時に感情は溢れ出し氾濫を起こす。
受け手のない水は、止め処なく氾濫し続ける。
土を司る産土なら、その器になれるのだ。
水は器を得て、初めて川になり、湖になり、
そして母なる海となる。
されども、土と水は相殺の相性。
上手く利用し、利用されるのみの関係。
何もしてやれぬ、またしてはならぬ自分が、
もどかしかった。
「…で、今日も『忍ぶ恋』に浸りましたとさ、
てか?」
不意に産土の背後から、
どこか幼さの残る愛らしい声が響いた。
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