第一話 花天月地

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色とりどりにありとあらゆる種類の花々が咲き乱れている。 木々がその広大に広がる花々を取り囲み、 まるで花の湖のようだ。 「今日も、つつがなく咲いているね」 美しく咲き乱れる花々に向かって、優しく柔らかな声が響く。 その声の主は、目の前に咲き誇る白き花に手を伸ばす。 白き花も恥じらう程の、透き通るような青白い肌。 華奢で嫋やかな体つきを、薄紫色の直裾と深い紫の帯が包み込む。 美しく輝く銀色の髪は、ハラハラと太ももあたりまで伸ばされ、 ハーフアップにした部分を上品に結い上げている。 細面、優雅な銀の眉、高く上品な鼻。 長い銀色の睫毛の帳(とばり)に囲まれたアーモンド型の瞳は、 深く澄み渡る青紫色だ。 一見すると、女聖かと見紛う程の柔らかく優し気な麗しさである。 これでは、咲き誇る花々も恥じらって下を向いてしまうだろう。 この者は男聖。木を司る花香(はなが)。 水鏡が生み出した命を育み、成長させる役割を司る。 こうして常に、花々や木々がつつがなく育っているか、 その状態を見て回ったりするのだ。 「問題ないようですね」 涼やかな声が、花香の背後に響く。 「水鏡…」 振り返った花香は、声の主に微笑んだ。 薄紅の花が綻ぶような笑顔。見る者を強く惹き付ける。 いつもの事ながら、水鏡はその笑みに見惚れた。 けれども、決して触れられない。 一度でも触れたら、自らの意思を抑える事など出来ぬ。 激情の赴くまま、手折ってしまいそうだった。 水鏡は、いつものように涼やかな笑顔の仮面を被る。 宇宙の均衡を保つ為に。
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