バッグの中には……

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バッグの中には……

「私のバッグ……あるかな?」  僕は素早くかがんでベッドの下にあるオレンジ色のバッグを持ち上げ、ベッド上に置いた。お姉さんは礼を言って、バッグから財布を取り出し、 「ごめんね、まだちょっと気持ち悪くて……。これで、お水か何か、買って来てもらえる? もちろん君の分も、何か好きなものを」  と、千円札を僕に渡した。僕は頷き、すぐに飲み物を買いに行った。部屋を出ると、もう世間は帰宅時間に入っていたようで、だいぶ人の行き交いが盛んになってきていた。さっき売店は無かったけれど、自動販売機がホームにあることは知っていたので、人の間をぬって改札をくぐり、結局水を1本だけ買ってすぐに戻った。遠慮していたわけじゃなくて、駅員さんとのやりとりであまりにも熱くなっていたから、自分の分を買い忘れてしまったんだ。  お姉さんは、また苦しそうに仰向けになっていた。掛け布団は足元の方に追いやられ、片ひざを立て、手のひらを額に当てて、咳はもうしていなかったけれど、荒い呼吸に合わせて胸が上下しているのが分かった。 「飲み物、買ってきました」  水を手渡すと、ありがとう、とお姉さんは寝転がったままペットボトルをゆっくりと傾けた。水が少し口の端からこぼれたりするのを、じっと見ていては悪いと思って、目をそらした。すると、ベッド上に置かれたままのバッグの口が開いていて、その中が丸見えになっているのが目に入った。  ーーバッグの中には、ぎっしりと本が詰め込まれていた。ビジネス本や自己啓発本らしきもの、新書や、単行本の小説の上下巻、それから文庫本など、大きさやジャンルはバラバラで、カジュアルなバッグには不釣り合いなほどの量が所狭しと入れられていて、一種異様な雰囲気を醸し出していた。僕は、何か見てはいけないものを見てしまったような気がした。
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