1人が本棚に入れています
本棚に追加
秘密
「ありがとう」
声がかかり、慌ててバッグから目を離してお姉さんの方を見ると、水を飲み終えて、こちらに薄く微笑んでいた。
「本当に、助かったわ……。のどがカラカラだったから。なんだか生き返ったみたい」
お姉さんはペットボトルのフタを閉め、枕もとにそっと転がした。
「そ、そうですか。それは良かったです」
取り乱している自分を落ち着かせようとすると、手にまだおつりを握りしめていることに気が付き、返そうとしたが、お姉さんはそれを拒んだ。
「いいの、本当に迷惑かけちゃってるから。少しだけど、何かの足しにして。……高校生、かな? 学校の帰りだった? おうちに帰らなくて大丈夫?」
話しながらも、息は荒い。お姉さんは眩しいのか、それともそうしていた方が楽なのか、よく顔に手を当てて覆い隠すようにしている。
「大丈夫です、ただベンチに座っていただけなんで」
まだ幾らか動揺していた僕は、自分が妙なことを口走ってしまったのではないかと後悔したが、時はすでに遅かった。
「ベンチ? もしかして、誰かと待ち合わせたりしてた?」
お姉さんは顔から手を離して、こちらを見た。汗で額に張り付いた前髪の間から、大きな目をさらに見開いて、何かごまかしのきかないような、真剣なまなざしをのぞかせている。
「あ、いえ、そういうんじゃなくて……」
僕は、特にうしろめたいことが何もないことを心の中で確認してから、続けた。
「……ただ、ベンチに座ってたんです」
お姉さんは、一瞬わけが分からないという顔をしてから、うう、と小さく唸って、壁の方に体をよじった。
「まだ気持ち悪いですか? あまり話したりしない方が……」
お姉さんは、転がしておいたペットボトルをそのままの姿勢で握りしめ、
「ううん、話してると幾らか気分が紛れるから、君さえよければ、もう少しこうしていてくれると、助かるんだけど……」
再びフタを外して、横向きのまま2、3口を口に運んだ。僕はそう言われて、妙に嬉しい気持ちになってしまい、
「全然大丈夫です。本当に、いつも暇なんで」
と元気良く答えた。そして、無理にでも何か話し続けなければと考え、
「いつもただ、ホームのベンチに座ってるんです。何の意味もなく。ひたすらに一人で。馬鹿みたいですよね。ははは」
と、自分自身気が抜けたような気持ちで笑い、頭を掻いた。
最初のコメントを投稿しよう!