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中年の駅員さん
頼りないながらもあてにしていた人が去ってしまい、後に残された僕は何をどうしたら良いのかさっぱり分からなかったが、とりあえずは看病人らしいことをしてみようと思い、
「大丈夫ですか?」
と、手始めに聞いてみた。お姉さんは一生懸命体を捻ってヘアゴムを外しながら、無理に笑顔をつくり、
「大丈夫、ありがとう。もう、平気だから……」
と、また強がってみせる。改めて顔を見ると、二重瞼がきりっと釣り上がり、涼しげな目元をしている。うっすらと茶色に染めた髪の毛の間から白いおでこが少し張り出し、そこに水滴が見えるほど汗をかいていた。呆然と立ち尽くしている僕に、もう一度言い含めるように眉根を寄せて、
「巻き込んでしまって、ごめんなさいね。助かりました。本当に、もう大丈夫だから……」
と、帰ることを促しているようだった。僕はなんとなく離れがたいような気持ちにもなっていたが、そう言われてしまうと立つ瀬がなく、
「はい、じゃあ……」
とだけ答えて、おもむろにその場を去ろうとした。だけど、ついたてを回っている時に、ベッドの方からお姉さんのえずくような咳払いが聞こえてきた。そういえば、ビニール袋も何も用意していなかったなと思い直し、駅員室にいた中年の駅員さんに、
「すみません、ちょっと気持ち悪いみたいなんですけど……エチケット袋か何か、ありませんか?」
と、視線を投げかけてみた。中年の駅員さんはすぐには反応せず、聞こえていないのかと思ったほどだったけれど、数秒が経ってから面倒くさそうにこちらを向き、低い声で、
「何か?」
と答えた。予想外の大きな態度に、一瞬あっけにとられたようになってしまったが、よく聞こえなかったのかなと思い、もう一度、
「あの、吐きそうみたいなんですけど……エチケット袋みたいのって」
「無いよ、そんなもの」
今度はかぶせるように言い返されてしまった。しかも続けて、
「こんなとこで吐かれたりしたら、たまったもんじゃないよ。救急車呼びな」
と、はれぼったい目つきで鋭く睨みつけてくる。僕が困りきってその場に立ち尽くしていると、短い白髪混じりの頭を苛立たしそうにぽりぽりと掻き、大げさなため息を吐いて、また元の向きに戻ってしまった。
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