エチケット袋

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エチケット袋

 数秒間、茫然とした後に、ついたての裏からまたお姉さんのえずく声が聞こえてきて、とにかく僕は一旦ベッド側に戻って、 「救急車、呼びましょうか?」  と尋ねてみた。お姉さんは眉をひそめて、その日初めて少しだけ冷たい表情を僕に向け、細かく何度も首を振り、完全なる拒否を示した。 「しばらく横になっていれば……落ち着くと思うから……」  思いがけず板ばさみにされてしまった僕が、途方に暮れて佇んでいると、お姉さんはうーんと何度か唸って、 「念のため……ビニール袋か何かあると、助かるんだけど……。ごめんなさい」  と、苦しそうに訴えてくる。駅員さんの指示を無視することにはなるが、病人の言うことの方が優先されるべきだし、救急車を呼んでいる間に吐いてしまったら意味が無い。何よりあの駅員さんの横柄な態度に、今さらながら腹が立ってきたので、僕はとりあえず、ビニール袋を探しに駅員室を出ることにした。  まばらに人が行き来している駅の構内をきょろきょろと見回し、僕は小走りに駆けては、売店を探し回った。定期を持っているので、駅にある2つの路線のどちらの改札も自由に出入りすることはできたが、内にも外にも、ホームにも、どこにも売店らしきものは見当たらなかった。こんなことなら、初めから外に出てコンビニでも探しに行っておけばよかったと後悔していると、通路のところで先ほどのメガネの駅員さんとすれ違った。  あっ、と小さく声を出した僕に、駅員さんは気が付かなかったのか、わざとそうしたのか分からないけれど、そのまま通り過ぎてしまった。僕は少し考えた後で、背中を追いかけて前に出て、 「すみません」  と顔を見た。 「はい?」  駅員さんはメガネの奥のまぶたを大きく開いて、驚いた表情をした。見ようによっては、何かにおびえているようにも見える。
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