静かな時間

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静かな時間

「ありました、ビニール袋。とりあえず、一つだけなんですけど……」  とりあえずも何も、これしか無いじゃないか、と自分につっこみを入れながらも、半ば自棄になったような気持ちで、心もとないそのビニール袋をお姉さんの方に突き出した。 「ありがとう……本当に助かったわ。本当に……」  お姉さんは泣き顔でもつくるような顔をして、弱々しく伸ばした手でそれを受け取った。顔色はまだ青白かったけれど、ベッド周りに吐いたような形跡は無かったし、先程のようにえずいているわけでもなかったので、ひとまず安心して、近くにあったパイプイスを勝手に持ってきてひと息ついた。僕は普段はそんな勝手なことをするタイプじゃないんだけど、無関心な中年の駅員さんには苛ついていたし、それなりの緊急事態で、僕もある意味、興奮状態にあったんだと思う。  それからはどのくらいの時間が経ったか分からないけれど、静かな駅員室でゆったりとした時間を過ごした。お姉さんは首だけを壁の方へ向け、しばらくは小さくうなったりしていたが、そのうちに寝息を立てて眠ってしまったようだった。  僕はというと、自分のカバンからスマホを出してネットニュースを見たり、なかなか更新されないSNSのサイトを開いたり閉じたりしていた。時々お姉さんの様子を見て、小高く盛り上がった二つの胸に目を奪われては息をのみ、その感触を確かめてみたいような衝動にも駆られたが、見ているだけで鼓動が速くなって金縛りにあったみたいに動けなくなるのに、そんな大それたことをできるはずがなかったし、何よりそんな不らちで卑怯なことを考える自分が汚らわしく思われて、憂鬱な気分になったりもした。  そんな浮き沈みを何度か繰り返した後に、ふとお姉さんが、むせたように激しく咳き込み出して、体を壁の方によじった。
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