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「だ、大丈夫ですか?」  背中をこちら側に向けているので、さすってあげた方がいいかな、と考えたけれど、気軽に触れていいものかも分からずに、ただ近くに立ち尽くすような格好になった。 「ああ、大丈夫、うう……」  言いながら、また咳き込んでいる。僕は目の前にある透明な壁だか殻だかを砕くような気持ちで、思い切ってお姉さんに一歩近づき、背中に手のひらをあててさすった。今思えば、お姉さんに触ってみたいという下心も、少しはあったのかもしれない。だけど白いセーターの柔らかな感触の下に、下着の凹凸のようなものがあることに気付いて、僕は驚いて手を引っ込めてしまった。そしてその時、乾いたのどにつばを飲み込もうとして初めて、その部屋がひどく乾燥していることに気が付いたのだった。 「ああ、あの……お水、もらってきますね」  病人を前にして飲み物も用意していないなんて、自分も気が利かないなあ、と反省しながら、ついたてを回り、再び例の中年の駅員さんと対峙することになった。 「あの……」  さっきの冷たくあしらわれた記憶がよぎり、言うのが一瞬ためらわれたけれど、なんだかふっきれたような気にもなっていたので、いっそ一息で言ってしまおうと思い、 「すみません、お水、いただけませんか?」  割とはっきりとした口調で聞けた。駅員さんは仕事なのか、大きなファイルのようなものを開いて、何か書き込んでいたようだが、手を止め、見せつけるように大きなため息を吐いてから、顔だけをこちらへひねり、またしても細く鋭い目で、 「無いよ」  とにらみつけてきた。 「ーーまだ、そんなことやってるのか、ここには何も無いんだよ。だから、早いとこ救急車を」 「わかりました、もういいです。何も要りません」  僕にしては珍しく声を荒らげて、駅員さんの言葉を思い切り遮った。駅員さんが少し驚いたような顔をしたのを流し見しつつ、僕は振り返ってベッドの方に戻った。お姉さんは上半身を起こしていたが、口に手を当ててまだ少し咳き込んでいる。苛立ちながら戻って来た僕を見て、 「色々とありがとう……ごめんね」  と、やりとりを聞いていたように言い、咳が落ち着いてくると、きょろきょろと辺りを見回し始めた。
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