山の端

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「え……?」  視線を再び戻した折、思わず朱美は呆然とした声を上げた。  その白色が、山の中腹を越えてこちら側まで降りてきていた。首を廻(めぐ)らしていた、そのわずかな瞬間に。    見間違いではない。  確実に、さっきまで見ていた箇所よりも下った地点――山の麓(ふもと)に近い場所にて、闇の中で浮き立つその白色が、木々の合間から覗いている。  距離が近づいた分、そのシルエットもより鮮明になった。やはり、それは人間のように思えた。白い服を着て、正座しているかのような、人型の輪郭。    朱美は空寒くなる。  人ならばどうして動こうとしないのか――  遭難者の類がこちらに助けを求めていると仮定して、何故、微動だにせず座ったままでいるのか。  ケガを負って動けないのか――  ならば、さっきから距離を詰めるようにこちらに近づいてきてるよう見えるのは、果たして錯覚だろうか。  奇妙な怖気(おぞけ)――その感覚に陥り、朱美は思わず身震いするように首を竦ませた。  目頭を指で揉み解すようにして、一度、頭(かぶり)を振る。  そして顔を上げた瞬間、引きつる悲鳴が朱美の口からもれた。  目立つ白色が、山裾を越えて平地の木々の合間に居た。  距離が一気に近くなった分、はっきりとその姿を見た。――見てしまったのだ。    人型のように思えたそれは、 人間などではない。  それが人間だったとしたら、頭が大きすぎる。ともすれば、体よりも頭の体積の方が勝っている。  そして朱美は、その異形の存在と、眼を合わせていた。  その巨大な頭と吊り合いを取るかのような、大きな赤い眼がこちらを――朱美をじっと見つめている。  彫刻刀で切り込みを入れたかのようなぱっくりと開いた瞼と、そこにはめ込まれた眼球と、そしてその鮮烈な赤々とした虹彩すらが、その距離からは判別できた。       首から下が動かない。  その眼に見つめられ、金縛りにあったかのように。  微動だにしない見開いた眼に射すくめられ、朱美は逃げるどころか動く事さえ侭(まま)ならなかった。    訳の判らない恐怖に全身が震える。  凍えるほど寒さを覚えているのに、体中からは汗が噴き出る。  歯がカタカタと鳴り、思考がその恐怖により侵食されていく。  そんな状態でありながら、しかし、じっと”それ”を見つめ返す。
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