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なんだ、これは。
俺は疲れてるんだ。こんな意味のわからない幻覚を見るなんて。しばらくはサービス残業は控えよう。
吉田裕之はぶつぶつと呟きながら立ち上がって砂を払った。
「おじさん?」
女の子に声を掛けられる。
「幻聴に幻覚。ストレスが溜まってるんだ。一度温泉にでも行こう」
「やっぱり。おじさん、わたしの姿が見えるのね!」
女の子が顔を近づけてきた。異常なほどに可愛い。甘さのなかにミントのような清涼感のある香りが裕之の鼻腔をくすぐる。
「ということはおじさんも選ばれし戦士なのよ。さあ魔法少女マジカルキャンディの一員になって一緒に悪と戦いましょう!」
裕之の手を握る。
「重症だ、これは」
「いい加減にして! 目を覚まして。これは現実よ!」
肩を揺さぶられる。裕之はしぶしぶ認めた。
「わかったよ。確かに幻にしては細部までリアルすぎる。で、これが現実だとして、俺が魔法少女になるってどういうことだ。俺は見てのとおりの四十過ぎのおじさんだぜ。こんなのが君みたいな衣装着たら地獄絵図だろ」
今でこそ貧相なスーツに身を包む安サラリーマンで休日も安い服しか着ないが、ロックバンドをやっていたころは衣装やメイクに凝っていたぶん美意識には敏感だ。だらしない肉体と疲れた顔のおっさんがこんなきらきらした衣装を着る絵面を想像して、裕之は身震いした。
「ってことで残念だけど、お断りするよ。じゃあ帰るね」
「断る理由はあなたがおじさんだから?」
しつこい。
「そういうことだね。俺が君みたいな美少女だったら魔法少女でも何でもなってやるさ」
「言ったわね。約束よ」
自称魔法少女はポケットから煙草のような形と大きさの、しかし明らかに煙草ではないものを取り出した。
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