第三話 夢舞台

5/5
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
体育館は開演時間になったばかりであるが、 既に半分程席は埋まっていた。 「出来るだけ前の方の真ん中の席が良いわ。 この目に焼き付けておきたいの。彼の全てを」 悲しそうに訴えかける園子。 ちょうど前から三列目の真ん中の席が空いていた。 二人は迷わずその席に座った。 開演10分前には開場は満席になり、 立ち見状態となった。 ブーーー 『開演5分前です』 ブザーと共にアナウンスが入る。 もうすぐ始まるのだ。 園子はワクワクすると同時に胸が高鳴った。 間もなくパッヘルベルのカノンが流れ始める。 舞台の幕が空いた。 そこは 花屋や食べ物やが並ぶ大広場のようだ。 『遥か昔、花の都ヴェルナにて…』 透き通るような声が流れ始める。 演目は「ロミオとジュリエット」らしかった。 間もなく、 典型的なその時代の貴族の服装に身を包んだ 西村貫が、颯爽と登場した。 途端に拍手が湧き起こる。 「西村、貫…様」 微かな声で園子は呟いた。 敵同士、許されぬ恋に命をかける悲恋物で、 有名な作品らしかったが…。 正直、舞台の内容などどうでも良かった。 ただ、彼の一挙一動、その声を 耳に、目に焼き付けておきたかった。 園子はただ、食い入るように見つめ続けた。 一言も聞き漏らすまい、 どんな些細な動作も見逃すまいと…。 やがて、舞台は終わりを迎えた。 割れんばかりの拍手で我に返った。 気付いた時は、 役者達が揃って舞台でお辞儀をしていた。 大成功だったようだ。思わず涙が溢れた。 「お嬢様、役者が一人一人見送りで 握手をして下さるそうですよ」 園子が流す涙に気付かないふりをしつつ、 真壁は主人に耳打ちする。 園子はゆっくりと首を横に振り 「もう、十分よ。帰りましょう」 二人は開場を後にした。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!