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ある日曜日の昼下がり。
園子はお琴の稽古の帰り道、稽古場近くの森林公園を通りかかった。
『……拙者親方と申すは、お立ち会いの中に、御存知のお方も御座りましょうが……』
と、張りのあるよく通る声が響き渡るのを耳にした。
「『ういろう売り』ですね。声優や俳優、アナウンサー等をを目指す者がよく発生や滑舌の練習に使います」
真壁は、主人に問われる前にそつなく答えた。
「ういろう売り……」
園子は引き寄せられるようにして、声の主を探す。園子の今日の衣装は、無地の淡い藤色の着物だ。何とも彼女の清楚さを引き立てている。
『御江戸を発って二十里上方相州小田原一色町
をお過ぎなされて、青物町を登りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤衛門
《らんかんばしとらやとうえもん》只今は剃髪致して、円斎となのりまする……』
あまりにも柔らかく、それでいて凛とした不思議な魅惑の声だった。
『元朝より大晦日まで……』
淀みなく流れる川のように、流麗に言葉が紡ぎ出されていく。
その声の主は……。木々に囲まれた大広場に居た。
そこは、たまに歌や 大道芸等、ちょっとした催しがなされる場所。普段は誰でも利用出来る。
その彼は、一心不乱に声を発していた。
『……お手に入れまする此の薬は、昔、陳の国の唐人外郎という人、我が朝へ来たり……』
もはや園子には、彼の美声と容姿しか目に入らない。
その彼は、柔らかそうな鳶色の髪を短髪にし、よく日焼けした肌と白い半袖Tシャツ、デニムのパンツ姿というシンプルな出で立ちだった。そのシンプルさが、彼の鍛え上げられた筋肉美と古代ギリシャ彫刻に出てきそうな、端正な顔立ちをより引き立てていた。
取り分け、お嬢の目を惹いたのは彼のアーモンド型の瞳だった。鳶色の瞳は、西日を反射して煌めき力強い光を放っていた。
一目見て、ただ者では無い! そんな目の力が、彼にはあった。
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