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二階席は閑散としていた。窓に面したカウンター席にスーツの中年男性が一人で新聞を読んでいるだけだった。理由はわからないが床がねちゃねちゃしていて、歩くたびにローファーの底が張りつくようで気持ちが悪かった。少し迷って、四人がけのテーブルに腰かける。店内は、壁もテーブルも白くて、きれいというよりできたばかりの病院を思わせた。その殺風景さをとりつくろうかのように、ひまわりの花をかたどった装飾が壁や仕切りのあちこちに貼りつけられていた。テーブルも椅子も真新しいのに、パンの粉やコーヒーがこぼれた跡がそのままになっているところが目立って、逆に汚らしくさびしい印象を与えるという残念な結果となっている。
アイスコーヒーにシロップを入れていると、足音が聞こえてきた。なぜかどきどきして、階段の方を見つめている自分に気づき、はっとする。「りんさん」はカフェにも現れることがある。大きくかぶりを振ってしまい、見ている人などいないのに恥ずかしくなる。違う、「りんさん」を探しにきたわけじゃない。現れたのは、制服を着ているので店のスタッフだろう、トイレの方に消えるとすぐに段ボール箱を抱えて出てきて、また階段を下りて行った。アイスコーヒーを一口飲んだら、少し気持ちが落ちついたので、読みかけの文庫本をかばんから出した。しばらくして、本の世界に入りこむことに成功し、あたしの中から「りんさん」がほぼ消滅したころまた足音がした。やはりスタッフで、奥に消えて、すぐに出てきた。その後も、何人かが現れたが、すべてスタッフだった。おそらく、奥に更衣室兼倉庫みたいなスペースがあるのだろう。お客はぜんぜん増えないのに、スタッフばかりが出たり入ったりしている妙な店だと思った。それはいいのだが、スタッフが現れて消えるたびに、どうしてもそちらに気をとられてしまう。そのたびに、あたしの意識は本の世界から「りんさん」へ飛んでいく。「りんさん」はもうおしまいにしたいのに、「りんさん」はあたしを離してくれない。少し苦しくなって文庫本を置き、アイスコーヒーに手をのばす。氷がとけて薄くなっていたけれどひんやりしたのどごしが気持ちよかった。
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